都市化の波に揺れる故郷

測量そくりょうの杭くいを打うち込こみながら、健司けんじは幼おさない頃ころに駆かけ回まわったこの谷たにが、やがて高速道路こうそくどうろの下に消きえてしまうことを改あらためて実感じっかんした。

土木どぼく技師ぎしとして十五じゅうご年ねん。彼かれはこれまで、いくつもの橋はしや道路どうろを手てがけてきた。だが、まさか自分じぶんの生うまれ育そだった村むらを貫つらぬく路線ろせんの設計せっけいを任まかされる日ひが来くようとは、想像そうぞうだにしなかった.

村むらの人口じんこうは年々ねんねん減へり、若者わかものは都会とかいへと出でて行いった。残のこされたのは老人ろうじんばかりで、商店街しょうてんがいの多おおくはシャッターを下おろしたままだ。このままでは村むらが消滅しょうめつしかねないと、役場やくばの人間にんげんは口々くちぐちに言いう。高速道路こうそくどうろが通とおれば企業きぎょうが来くる、雇用こようが生うまれる――そう信しんじて誘致ゆうちに奔走ほんそうしてきた彼かれらを、健司けんじは責せめる気きにはなれなかった.

しかし一方いっぽうで、古ふるくから村むらに住すむ者ものたちの反対はんたいも根強ねづよかった。祖先そせんの眠ねむる墓地ぼちや、樹齢じゅれい何百年なんびゃくねんという御神木ごしんぼくが、工事こうじの区域くいきに含ふくまれていたのである。説明会せつめいかいの席せきで、健司けんじは幼馴染おさななじみの太一たいちから鋭するどく問とい詰つめられた。

「お前まえはよそ者よそものじゃない。この土地とちがどれほど大切たいせつか、誰だれより分わかっているはずだ。それなのに、金かねのために故郷ふるさとを売うるのか」

その言葉ことばは鋭利えいりな刃やいばのように胸むねに突つき刺ささった。健司けんじは何なにも言いい返かえせなかった. 立場たちば上じょう、彼かれは計画けいかくを推おし進すすめる側がわにいる。だが心こころの奥底おくそこでは、太一たいちの言いい分ぶんが正ただしいのではないかという迷まよいが、ずっとくすぶり続つづけていた。

その晩ばん、健司けんじは一人ひとりで村むらを歩あるいた。夕暮ゆうぐれの光ひかりが棚田たなだを赤あかく染そめ、遠とおくで蛙かえるの鳴なく声こえが響ひびく。父ちちに連つれられて魚さかなを捕とった小川おがわも、母ははが野菜やさいを育そだてた畑はたけも、すべてが図面ずめんの上うえではただの線せんと数字すうじに過すぎなかった.

ふと彼かれは立たち止どまった。果はたして自分じぶんは、村むらを救すくおうとしているのか、それとも葬ほうむろうとしているのか。発展はってんという名なのもとに失うしなわれていくものを、本当ほんとうに取とり戻もどすことはできるのだろうか。答こたえは簡単かんたんには出でそうになかった。

翌朝よくあさ、健司けんじは上司じょうしに一ひとつの提案ていあんを持もちかけた。御神木ごしんぼくと墓地ぼちを避さけて路線ろせんを迂回うかいさせる案あんである。費用ひようはかさむし、工期こうきも延のびる。反対はんたいされる覚悟かくごはできていた.

「技師ぎしの仕事しごとは、ただ効率こうりつを追おい求もとめることではないと思おもうんです」と彼かれは言いった。「人ひとが守まもりたいと願ねがうものを、技術ぎじゅつで守まもる道みちも、あるはずです」

提案ていあんが通とおるかどうかは、まだ分わからない。村むらの未来みらいも依然いぜんとして不透明ふとうめいなままだ。それでも健司けんじは、初はじめて自分じぶんの手てで故郷ふるさとと向むき合あえた気きがした。都市化としかの波なみは止とめられない。だからこそ、その波なみの中なかで何なにを残のこすかを選えらぶことに、意味いみがあるのだと、彼かれは静しずかに信しんじ始はじめていた。