変わりゆく家族のかたち

社会学者しゃかいがくしゃの美咲みさきは、現代の家族かぞくがどのように姿すがたを変えてきたのかを長年ながねんにわたって研究けんきゅうしてきた。

大学で統計とうけいと向き合うむきあだけでは、本当のほんとう現実げんじつは見えてこないみ。そう考えたかんが彼女は、三つのみっ異なること家族のもとを訪ねるたずことに決めたき。

最初にさいしょ訪問ほうもんしたのは、共働きともばたらの若いわか夫婦ふうふだった。夫おっとが育児いくじの大半たいはんを担いにな、妻つまは管理職かんりしょくとして働いてはたらいる。「役割やくわりを固定こていして考えるかんが時代じだいではない」と妻は笑ったわら。その言葉ことばには、迷いまよ一つひと感じられかんなかった。

美咲は手帳てちょうに記録きろくを取りとながら、どこかで自分じぶんの古いふる価値観かちかんが揺さぶられゆるのを感じたかん。認めたくみとはなかったが、彼女自身かのじょじしんが無意識むいしきのうちに「父親ちちおやは外そとで働くもの」と思い込んでおもいこいたのである。

次につぎ向かったのは、血ちのつながりを持たないも人々が共にとも暮らすく家いえだった。高齢こうれいの女性じょせいと若者わかもの数人すうにんが、一つ屋根の下でひとつやねのした支え合ってささ生活せいかつしている。「家族かぞくとは、血ちではなく選び合うえらものだと思うおもんです」と一人ひとりの若者が静かにしず語ったかた。

その言葉ことばを聞きいた瞬間しゅんかん、美咲の胸むねに思おもいがけず亡くなったな母ははの顔かおが浮かんだう。研究者けんきゅうしゃである以上いじょう、対象たいしょうと距離きょりを置かおねばならない。そう自分じぶんに言いい聞きかせてきたはずなのに、気づけばき涙なみだがにじんでいた。

三軒目さんけんめは、国際こくさい結婚けっこんをした一家いっかだった。文化ぶんかも言語げんごも異なること両親りょうしんのもとで育つそだ子どもこたちは、二つのふた世界せかいを自然にしぜん行き来いききしていた。「違いちががあるからこそ、毎日まいにちが豊かゆたなんですよ」と母親ははおやは誇らしほこげに言ったい。

三つのみっ家族を訪ね終えたお美咲は、研究室けんきゅうしつに戻りもど、長いなが間あいだ机つくえの前まえで動けずうごにいた。彼女かのじょが積み上げてつみあきた理論りろんは、目の前のめのまえ現実げんじつを前にまえ、あまりにも無力むりょくに思えたおも。

客観性きゃっかんせいを保つたもことこそが学問がくもんの使命しめいだと信じてしん疑わうたがなかった。だが、人の営みいとなに深くふか触れればふ触れるほど、自分じぶんの心こころが揺れるゆのを抑えられおさなかった。それは学者がくしゃとしての弱さよわなのだろうか。

しばらくして、美咲はふと気づいたき。完全なかんぜん客観きゃっかんなどというものは、初めからはじ存在そんざいしなかったのかもしれない。人が人を理解りかいしようとする限りかぎ、そこには必ずかなら感情かんじょうが入り込むはいりこ。

家族のかぞくかたちが変わりか続けるつづように、それを見つめるみつ自分もまた、変わってかいかざるを得ない。窓まどの外そとでは、夕日ゆうひが街まちを静かにしず照らしてていた。美咲は手帳てちょうを閉じと、新しいあたら研究けんきゅうの始まりはじを予感よかんした。